#1 無気力を脱した切っ掛け

#1 無気力を脱した切っ掛け

僕の詳しい生い立ちについては、プロフィールをご覧ください。

「年収〇〇円以下はカス」
「〇〇歳までに結婚するべき」
「仕事は週に5日以上が当たり前」
体裁を第一とする日本が掲げるスローガンです。
仮にも先進国を名乗る日本の、なんとゆとりのないことでしょう。

自由に生きる環境が整っているにも関わらず、何故か幸せに生きられないのが日本人の特徴です。
僕は本当にソレが嫌いでした。
家も戸籍も仕事もあるのに、どうして日本人は国を愛せず、自分を嫌い、他人を憎むのだろうか。
現在の僕は、そこに疑問を抱いた結果だと思います。

大学卒業後、僕は大手のゲーム会社に就職して中々の生活を送っていました。
一か月の給料は30万円+歩合。
女性比率の高い職場。
出会いが多かったので、彼女も簡単に作れる環境でした。

これを同級生に話すと、ほぼ全員に「すげぇ羨ましい!」と言われました。
確かに自分でも充実していたと思います。
しかし、幸せかどうか聞かれても首を縦には振れませんでした。
それもそのハズでしょう。
だって、周りがちっとも楽しそうじゃなかったから。
何処を向いても負のオーラが全開なんです。友人、彼女……特に職場は酷いものでした。
当然なのか分かりませんが、誰一人として仕事を楽しんでいる者はいませんでした。
少しでも雰囲気を盛り上げようと声を掛けるも、「仕事に集中しろ」と上司が口を挟んできて叶いません。普通、職場の雰囲気ってのは上司が率先して盛り上げていくものでしょうに。それを直接上司に言ってみたら、信じられないくらい怒られました。
そんな環境じゃあ、僕も嫌気が差します。
しかも困ったことに、僕の職場は給料が多い代わりに休日が週に一日しかありませんでした。
社会的人生の6/7が退屈なら、到底幸せとは言えませんよね。
お金があっても、彼女がいても、それを享受するだけの時間がなければ意味がありません。
そんなこんなで、次第に僕も精神的に参ってしまったのです。
それから暫く、僕は生きた心地のしないまま無気力に生きていました。

観念して機械的に生きる覚悟をしてから数か月のこと。
グーグルのストリートビューで遊んでいた不意に、ソレを決意しました。
昔から絶景に目がない僕がストリートビューでグランドキャニオンを眺めてたとき、ふと「引っ越し」という単語が頭に浮かんだのです。
(余談ですが、僕は日本人だけど出身はアメリカです)

僕がこんなストレスを抱えて生きているのは、土地のせいなんじゃないか。
そもそも人ゴミを嫌う僕が、なんで東京で生きているのか。
尤もらしい疑問が次々に脳裏を流れてきて、ようやく冒頭の「疑問」に行き着きました。
そこから実際に東京を離れるまでは一瞬でした。
プロフィールにも記載している通り、東京を抜けた最初の行先は日光でした。
此れっていう理由は特にありません。
男体山や中禅寺湖の印象が旅行後も深く残っていた点と、人口密度の低さから「日光が良いんじゃね」って思った所存です。
仕事を辞めると同時に家具一式を全て売り払い、スマホとノートパソコンとクレカだけを持って日光に乗り込みました。
ここから僕の第二の人生が始まったのです。

(続く)